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    • 2013.07.18 Thursday
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    カンチェラーラはオペラシオン・プエルトの「ルイージ」か

    タイラー・ハミルトンが、2月6日にCyclingnews.comに掲載されたインタビューで、スペインのドーピング医師・フエンテスを中心とした大規模ドーピング事件、オペラシオン・プエルトでフエンテスの元から接収された約200の(血液ドーピング用と見られる)血液バッグで、フエンテス医師側のコードネームで「クラシコマーノ・ルイージ」「24番」と呼ばれていたのが、ファビアン・カンチェラーラであるということを強く示唆した。

    ランス・アームストロングとUSポスタルチームを中心とした捜査の過程でドーピングを告白したハミルトンのインタビュー、CNの記事中では「ある高名な選手」と名が伏せられているが、当該レースで記事中のようなコメントをしたのはカンチェラーラである。ハミルトンとロック・レーシングの選手たちがカンチェラーラを「ルイージ」と呼び罵った、という内容だ。

    ハミルトンを含めロック・レーシングの選手にはフエンテス医師の顧客が多数いた。フエンテス医師はしばしばマドリッドにあるオフィスで、後に輸血するための血液を選手から採血したり薬物を渡したりしていたが、彼の顧客同士はしばしばそのオフィス周辺でお互いを目撃していた。またハミルトンは著書で、フエンテス本人が選手に対し他に彼がドーピングしている選手を教えることもあったと書いている。

    スペインでの報道では先月ごろから特に、カンチェラーラがフエンテス医師の顧客ではないかという説が報じられていたようだ。事件の再燃とともに、現役の人気有名選手の名が表に出てきたという感がある。

    オペラシオン・プエルトの血液バッグのリスト(PDF、16ページ目)で、4つの血液バッグの主「24番」となっている「クラシコマーノ・ルイージ」がカンチェラーラであるとしたら、アームスロトングの件以上にファンにとってはショックな事態だろう。

    フエンテスのコードネームには別に、番号「33番」の「クラシコマーノ」というのがあって、これはトーマス・デッケルのことであるとされる。デッケルは先日、ラボバンク時代に輸血による血液ドーピングをしていたことを公に認めた(それまでは陽性となったEPO使用のみを認めていた。)。
    「クラシコマーノ(ルイージ)」は「クラシコマーノ」と同一人物ではないかとも思われていたが、別々に2選手だったのではということになってきた。

    カンチェラーラは2002年までマペイ、2003年から2005年までファッサボルトロに所属していた。一般的にファッサボルトロはドーピングの問題があったチームとして知られている(2005年にダリオ・フリーゴがツール中に逮捕されている)。またチームCSCにおいても血液ドーピングが行われていたことはハミルトンの告白やバッソ、ヤクシェ、フランク・シュレクらのオペラシオン・プエルトへの関与でほぼ明らかである。

    ファッサボルトロからCSCでのカンチェラーラのコーチが、ルイージ・チェッチーニ医師であった。チェッチーニはCSCのリース監督と親しい、リースの現役時代のコーチでもあったイタリアの高名なスポーツ医師である。リースは1996年ツールを優勝した際EPOを使用したことを認めているが、ハミルトンは今回インタビューの際このときリースは輸血による血液ドーピングも行ったと言っていたという

    チェッチーニは優れた人柄と自転車への情熱で知られる人物だが、同時にEPO全盛期と言われた時期の、数多くのドーピングして王者になった選手のコーチとしても知られていた。オペラシオン・プエルトでフエンテス医師との関係が報じられ(フエンテス医師のもとにドーピングを行うよう選手を送っていたと疑われている)たが、チェッチーニの指導を受けた多くの選手は今でも彼を最高のコーチで素晴らしい人間であると讃える。
    トーマス・デッケルはチェッチーニと家族同然の付き合いをしていた。チェッチーニはデッケルを息子のように見守り、自らの名前がオペラシオン・プエルトに関して報じられるとデッケルへの影響を案じて、自分とデッケルはもう関係していないと書くようジャーナリストに求めた。
    デッケルはチェッチーニからドーピングを受けたとは認めていない。ラボバンクのチームドクターと、「血液ドーピングを行う人物」(フエンテス医師もしくは彼の助手と思われる)が薬物提供や輸血行為を行ったとしている。
    デッケルと同様チェッチーニと親しいヨルグ・ヤクシェ(2006年のオペラシオン・プエルト捜査でコードネーム「ベッラ」として血液ドーピングを行っていたことが判明した)も、チェッチーニはドーピングには関係ない人物としていた。

    リースの紹介でチェッチーニのコーチングを受けたハミルトンも、チェッチーニは自分にドーピングをなるべくしないように勧め、フエンテス医師から提供される薬物を必要最低限にとどめるよう助言したと著書で述べている。また毎日トレーニングデータを分析しトレーニングプランを作るなどしていたにもかかわらず、まったく無償でコーチをしてくれたとも言う。
    しかしハミルトンはまた、ウルリッヒがエクスタシー陽性を出したあとカムバックする際チェッチーニと働き始めたのを聞き、それはウルリッヒがフエンテス医師とも働くことを示しているものと理解したと言う。

    USポスタルの組織的ドーピングを指揮したイタリアのフェラーリ医師の有名な言葉に「EPO自体は危険ではない、濫用が危険なだけだ。オレンンジュースも10リットル飲めば危険だ。」というものがあるが、そこにはイタリアやスペインといった自転車レース伝統国における、ドーピングがモラルの問題ではなく健康問題であった時代の意識が見える。

    カンチェラーラが血液ドーピングを行ったか否かは、本人から告白があるか血液バッグのDNA鑑定が行われるまで不確定のままである。
    自転車ロードレースはドーピングが異常なレベルで蔓延した時代をようやく終え、今その時代の代償を支払っている。UCIがドーピング問題を放置し、一部有力選手を守ってきたツケは大きい。
    フエンテス医師周辺の捜査が進展し、血液バッグが誰のものであるか解明される日が一日でも早く訪れるべきと感じるが、フエンテス医師の膨大な顧客リストの中に含まれるというサッカーなど他競技の選手が、真相究明の障害になるのではないかと懸念される。
    ドーピングは自転車競技のみの問題ではない。それでも自転車競技には、スポーツ全体のドーピング問題の先頭に立ち、行く手を切り拓く役が課せられている。それは、薬物から精神を病んだり命を落とした、またクリーンに競技することで機会を盗まれた、ドーピングの両側で犠牲になってきた選手たちに対する責任でもあるだろう。衝撃の大きさに尻込みして後戻りする余地は既にない。

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        とても魅力的な記事でした。
        また遊びに来ます!!
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